ある男が、本当のアルピニストに不可欠な条件が4つあると小説の中で言う。
第一は健康な肉体、第二は意思の強固であること、第三は謙虚であること。そして第四の条件は情緒があること。新田次郎らしい深い言葉だなと思った。
3部作において「人はなぜ山に登るのか?」を問い続けた新田次郎。そこまでして登らないといけないのかと、山を少しやる僕さえ、読みながら何度も苦しくなった。
凍傷によって両足先の大半を失って登攀どころか歩くことも出来なくなった時点で、僕ならもう引きこもってエロDVD三昧の生活になってるかもしれない。
本作のモデルは不屈の岳人、芳野満彦氏。17歳のときの赤岳での遭難で両足指全部と土踏まず部分の半分を失い、12センチになった足でリハビリをして、日本人初となるマッターホルン北壁登攀に成功。
足の指が全部ないというのは、クライマーにとっては、ハンディキャップという言葉を超えた絶望的な状況のはずだけど、なんとしても登りたいという山に対する執念は凄まじいものがある。
登攀の最中、負荷がかかっってくると切った足から血が噴き出してきて靴の中が血まみれになりながらも登る姿は、小説を読んでいるこちらも顔を歪めてしまう。
そしてその都度僕は思ってしまう。人はなぜ山に登るのか?どうして、そこまでして登らないといけないんだろう?と。
小説の中では、悪人の山屋が登場したり、山と実社会の間での葛藤、女性をめぐる問題と、あまりにも人間らしく人間臭い主人公の姿に、共感したり、なんて馬鹿なんだと憤慨したり。
山の物語ではなく人間そのものの物語。山では、人間の姿が生々しくくっきりと浮かび上がる。
芳野満彦氏は、なぜ山に登るのかという問いに対して、「そこに希望があるからだ。だから、僕は、涙して歩く」と答えたという。
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