「大東亜論 第三部 明治日本を作った男達」小林よしのり(著)

 
日本国憲法は米国から押し付けられた憲法だという認識は少なからず僕も持っているが、それでは戦前の大日本帝国憲法はどうかといえば、こちらも薩長藩閥中心の明治政府による押しつけだったという考え方が展開されている。

頭山満と玄洋社は、日本の伝統文化や精神を守るため、急速な西洋化を推し進める薩長藩閥政府と激烈な自由民権運動の闘いを繰り広げた。それは、西郷隆盛らの精神を受け継ぐ闘い。

自由民権運動の中で、民間による私擬憲法草案が盛んに作成されたことは、僕もよく知らなかった。
 
中でも有名なのは「五日市憲法」だが、憲法という体裁は整えていないが、独自の国家構想案を作成したと見なせるものまで含めると、90を超えるという。
 
現代でも十分に通用すると言われるそれらを書き上げた、当時の20代、30代の若者のレベルはすごい。それだけ真剣にみな、国のことを考えていたということだろう。

五日市憲法については、天皇・皇后があきる野市を訪れた際に原本を見学し、「世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」と感想を述べられた。
 
しかし、明治憲法はこのような全国に広がった民意とは全く関係なく、藩閥政府の手だけで作成され、一般国民は憲法発布まで、その内容に関して何一つ知らされなかった。
 
これこそ「押しつけ」ではないかと小林よしのりは論じている。これは小林よしのりの、大日本帝国憲法に戻せなどと極端な改憲論を言う自称保守へ向けた言葉だろう。
 
明治時代の私擬憲法草案は翻って、現在直面する憲法改正に対する示唆を与えてくれているようにも感じる。
 
話が飛んで、仮に明治維新で江戸幕府が主導権を握ったとしても、近代化は達成されていたかもしれない。フランス式の政治体制を取り入れて結局は議会設置 。
 
300諸藩による地方自治がベースとなっていれば、今のような東京と地方の二極化も避けられ、城や寺も破壊されることなく、何より古き良き日本がもっと残っていたかも。
 
幻想にすぎないか。
 
 
 
 

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