「日翳の山 ひなたの山」 上田哲農(著)

 
岳人かなにかで紹介されていたのがきっかけで読んでみた。
 
画家であると同時に登山家であった著者の最初の画文集。
 
上田哲農は1911年生まれ。20代の頃、日本登高会の設立に加わり、戦前、白馬、谷川岳などの困難な登攀ルートの開拓に取り組んだ。また本業の画家では、日展の特選にも選ばれている。
 
何より、人並み外れた鋭く思索的な表現力に圧倒される。山とは哲学でもあり文学でもあるのだと、思い知らされる。

日翳とひなたの説明について、山岳風景には日の当たる山々と、陰翳の多い谷々があるが、『ぼくにいわせれば、それらはいずれも「ひなたの山」であって、「日翳の山」ではないのです。
 
そうです。「日翳の山」とは実在のものではありません。・・・「行為」は「ひなたの山」、「思案」は「日翳の山」と考えて、これは車の両輪の如く、離そうとしても離れない』とある。なんとも哲学的。

「ある登攀」が深く印象に残った。白馬主稜冬季初登攀の記録。
 
最大の難関、ナイフリッジで、シュルンドのためにオーバーハング状になった場所で悪戦苦闘している登攀者がいる。それを著者は白馬頂上から固唾をのんで見守っている。
 
首尾よく乗り越えてくれという期待と同時に、簡単に完登するのを望まないという複雑な気持ちも吐露している。
 
『「白馬の主稜なんかチョロイ」といわれるのが何より恐ろしかったのだ。そうだ。ぼくは、「どうだね、白馬の主稜はそう簡単にはいくまい」と誇りたかったのだ。越中あげの強風に煽られながら、ぼくは唇をかみ、ゆううつだった。』

「自分が初登攀に成功したというだけでは不十分だ。他人が失敗しなければいけない」とはけだし名言。
 
アルピニズムとは「より高く、困難」を求める。「つきつめた登山」のその先は、あきらかに狂気の道につながるとする上田のアルピニズム発狂論は、安全確保第一のアルパインという矛盾を嘲笑ってるかのようだ。
 
彼は登攀と芸術とは似ている、などと言っていたらしい。
 
 
 
 
 

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