「いまだ下山せず!」 泉康子(著)

 
1986年12月末、厳冬期の北アルプス表銀座を縦走して槍ヶ岳を目指した、のらくろ岳友会パーティ3名の遭難捜索ドキュメント。

1987年1月5日の「いまだ下山せず」の第一報から同年6月28日の遺体発見まで、約6ヶ月間にわたる捜索活動の記録であり、著者は同山岳会で捜索に関わった女性メンバー。

雪解け前に遭難地点を特定するため、同時期に槍ヶ岳を目指した17パーティに対して、のらくろ岳友会捜索メンバーは地道なヒアリングを続けて仮説を立てていく。

今のようなインターネットのない時代、手紙を出したり直接会いに行ったりと、日常それぞれの仕事を抱えるメンバーたちにとって並々ならぬ苦労。

そして当時の山岳会の組織力と遭対の強さに驚く。今の時代では、警察ではなく会主体で、これだけの捜索ができる山岳会はおそらく無いのではないか。

そんな一昔前の強き山岳会の姿がとても輝いて見える。

捜索する側の目線から書かれたドキュメンタリーだけに、捜索の方針を巡る会内部での争いや人間関係など、会内部の描写があまりにもリアル。

山岳が舞台ではあるが、描かれているのは生々しい人間たちの内面。

と同時に、寄せられてくる様々な情報から遭難地点を推測していくミステリー小説のような展開が、一気に読ませる。

悪天候のなか、東鎌尾根から槍に突っ込んだのか、それとも常念へエスケープしたのか。しかしそのどちらのルートでもない意外な展開に。

ラスト、遭難現場に登った遺族の1人が雪の槍ヶ岳から穂高連峰へと続く稜線を眺めたときの描写が、「山」というものを見事に言い表している。

死んだ兄の足跡を求めてやって来た遺族が、山の圧倒的な素晴らしさに心奪われてしまうその様子。山屋なら誰しも共感するだろう。

『兄はたしかに、弟の足跡を求めてやってきた。しかしそのとき、兄を捉えていたものは、もう弟ではなかった。
    ドーンと土鳴りがする風景
    天空にそびえ立つ 白い槍
    頂から走り下る あらぶる谷々
    そこへ続く 長い尾根の道
    人がこの世に現われる前に刻みあげられた地球の貌・・・

一年前、捜索のために登って来たものがそうしたように、兄もまた、声もなく、そこに立ちつくした。』
 
 
 

サミットガイド宮崎薫Office

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